大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和38年(う)152号 判決 1963年10月18日

被告人 平山宇三郎 外一名

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は、被告人両名の連帯負担とする。

理由

論旨は要するに、長崎県漁業監督吏員たる同県漁業取締船海竜丸船長松山景義の取締権限は、同県の管轄区域内に限りこれを行使することができるに止まり、これを越えて同県の管轄区域外で為された行為は権限外の行為として無効である。原判決認定の本件各犯行の場所たる福岡県宗像郡大島村沖の島附近の海上は、法的にも実際上も明らかに福岡県の専属海面であるから、右松山には同海面航行中の漁船に対し立入検査等を行うべき権限はない。仮に同海面で長崎県漁業監督吏員が取締を行つていた事実があるとしても、その行為は実質的に取締権限に属する事項であつたかは疑わしい。また同海面が長崎県漁業監督吏員においてその取締権限を行使し得る区域に属すると断定するに足る証拠は十分でない。従つて右松山の発した本件停船命令は無効であるから、これを無視して直ちに停船しなかつたとしても、中型機船底曳網漁業取締規則第二十六条違反罪は成立せず、また右松山の原判示所為は適法な職務行為とすることはできないので、その追尾衝突を避け、自船及び乗組員の安全を守るため旋回航法をとり、或はやむを得ない自衛手段としてロープを曳き離脱を図つたからと言つて公務執行妨害罪を構成することなく、また被告人等の本件所為は右松山を畏怖させる意思に出でたものではないからこれを脅迫したとすることはできない、として原判決の事実誤認を主張する。

よつて按ずるに、漁業監督吏員がその所属する都道府県の区域外で職務を行うことを認めた規定は存しないので、漁業監督吏員の職務執行は通常当該都道府県の区域内に限られ、その区域外においては、も早漁業監督吏員及び司法警察員として職権を行使することは許されないと解すべきものと考えるが、たゞ自己の管轄する区域内から現行犯人を継続追跡する場合においては、その区域外においても、なお該権限を行使することができ、その行為はこれを適法な職務行為と解すべきである。記録及び原審で取調べた証拠によると、長崎県と福岡県との間においては、相互の漁業監督ないし取締その他漁業調整に関する権限の及ぶべき区域につき成文上も実際上も画然たる境界が認められず、両県の間でこの点につき協議等が行われた事実もないこと及び本件現場附近たる福岡県宗像郡大島村沖の島周辺には福岡県知事の免許にかゝる共同漁業権が存し、その沖合においては底建網漁業、しいら巻網漁業等を許可しており、必然的に福岡県においてその海域の漁業取締を行つていることは、正に原判決指摘のとおりであるが、原審第五回公判調書中証人野村敞の供述記載、同人名義の報告書等によると長崎県においても従来から右沖の島近海、少くともその西側海域まで漁業取締を行つていたことが認められ、この点につき福岡県との間で紛争を生じた事例は存しない(当審における事実取調の結果も右認定を左右するに足りない。)ので、右沖の島周辺海域、少くともその西側海域は、原判決説示のとおり従来から福岡県と長崎県とが競合的に漁業取締を行つて来たものと認められ、長崎県漁業監督吏員がその取締権限を行使し得べき海域と解すべきである。仮に然らずとするも、原審第二回及び第五回公判調書中証人松山景義の各供述記載、司法警察員作成の実況見分調書、被告人隅田の司法警察員及び検察官(七通)に対する各供述調書、被告人平山の司法警察員及び検察官(三通)に対する各供述調書(但し、被告人平山の右各供述調書は同被告人関係のみの証拠、)を綜合すると、長崎県漁業監督吏員たる同県漁業取締船海竜丸船長松山景義は決して濫りに本件第六幸洋丸の立入検査をしようとしたものではなく、操業禁止区域侵犯の現行犯人の取締、すなわち正当な職務行為として立入検査を行うべくこれに接近しようとしたのであるが、これに気付いた第六幸洋丸が忽ち全速力で逃走を開始したゝめやむなくこれを追跡したものであり、その逃走開始当時の第六幸洋丸の位置は、長崎県壱岐郡若宮島灯台の北東九浬(北緯三三度五七、六分、東経一二九度四九分)の海面で、同所から途中停船の信号を発し乍ら継続追跡して本件現場に至つたものであることが認められ、而して右逃走開始位置は周囲の状況から見て明らかに長崎県の管轄漁業取締区域内と認められるから、同所から継続追跡中に発したいわゆる停船命令は、たとえその場所が長崎県の管轄区域外であつたとしても、なお有効な停船命令と解すべきであり、その公務の執行もまた適法であつたと解するのが相当である。記録を精査するも右認定を左右するに足るべき証拠なく、当審における事実取調の結果もこれを覆すことはできない。而して原判決の判断も結局これと結論を同じくするものであるのでなお相当とすべく、被告人等が原判示第一のとおり停船信号を無視して直ちに停船しなかつた行為は、中型機船底曳網漁業取締規則第二十六条に違反し、同第二の所為は、右松山をしてもし接近すれば海竜丸の推進機にロープを捲きつかせてその航行を不能にすべきことを以つて畏怖せしめる意図に出でたもので正しく脅迫行為に当ること同挙示の証拠上明らかであるので、公務執行妨害罪を構成すべきこと勿論であり、原判決には所論のような事実誤認の違法は存しない。

なお弁護人は、被告人隅田には被告人平山との共謀関係は存しない、被告人隅田は船長たる被告人平山の命令に従い機関を動かしていたゞけで、本件各所為につき同被告人と共同行為をなすの認識はなかつた、原判決はこの点においても事実を誤認している、と主張するが、被告人隅田の司法警察員及び検察官(七通)に対する各供述調書によると、同被告人は本件第六幸洋丸の甲板長で同船々長兼漁撈長たる被告人平山の指揮命令に従うべきものではあるが、本件各所為については、被告人隅田が主として操舵に当る等むしろ積極的に被告人平山と相協力し、同被告人と終始共同して右所為に及んでいることが明らかであり、所論のように本件各犯行につき被告人平山と共同行為をなすの認識がなかつたものとは到底認められないので、原判決がこれを被告人両名の共謀にもとづく犯行と認定したのは相当であり、所論のような事実の誤認は全く存しない。

従つて論旨はすべて理由がないので、刑事訴訟法第三百九十六条に則り本件控訴を棄却することとし、なお当審における訴訟費用は、同法第百八十一条第一項本文、第百八十二条により全部被告人両名の連帯負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判官 青木亮忠 木下春雄 天野清治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例